韮崎の泣き石~武田滅亡を見てきた岩


スポンサーリンク
スポンサーリンク

 韮崎にほど近い甲斐市下今井字鳴石に「泣石」と言う大きな石(大きな岩)があります。
 先に場所からご紹介致しましょう。

 

 JR中央本線の線路わきにあり、塩崎駅からも近いです。

 1582年3月3日、武田勝頼新府城から小山田信茂岩殿城を目指して落ち延びた際に、ここを通過した北条夫人が、振り返って新府城の方角を見て涙したと言う伝承があります。

 ただし、かつては岩がある現在の場所には無かったようでして、100m程南東にあり、岩の割れ目からは水が流れていたと言います。
 その場所が、中央本線の線路となったため、今の場所に移されたようです。

 岩の大きさは、高さ3.8m、幅2.7m、奥行き3.7mで、目立ちます。

 スポンサーリンク


 駐車場は無いのですが、県道を甲府方面に進んでいれば、道路が広くなった箇所があり、路肩に短時間止められるスペース(5台分くらい)があります。

 →新府城に関してはこちら
 →涙の森(なみだの森)はこちら
 →武田勝頼の逃避行の詳細はこちら


 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でフォローしよう!

スポンサーリンク


関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

 スポンサーリンク

気になる戦国女性

  1. 千姫(せんひめ)は、徳川秀忠とお江の長女として、1597年4月11日に伏見城内の徳川屋敷で産まれた。…
  2. 稲葉一鉄(いなば-いってつ)は、土岐頼芸の家臣・稲葉通則の6男として、1515年に美濃池田の本郷城に…
  3.  片倉喜多(かたくら-きた)は、1538年に伊達家臣・鬼庭良直の娘(長女)として生まれた。 母は…

人気の戦国武将

  1. 徳川家康
    戦国時代を制して平和な江戸時代をもたらした英傑・徳川家康。戦国の世に生まれ、今川義元の人質であり…
  2. ▼本能寺の変(1582年・天正10年)が起ったとき、織田勢で京から最も遠い任地にいたのが滝川一益だ。…
  3. ▼徳川家康は天文11年(1542年)に、三河国(現在の愛知県東部)岡崎城で小大名・松平広忠の嫡男とし…
 スポンサーリンク
当サイトでは
Android app on Google Play
↑ アプリ版もあります

戦国グッズ通販

実際に鉄板も使用した本物志向「高級」甲冑型の携帯ストラップ
甲冑型ストラップ

甲冑型ストラップ

戦国武将「Tシャツ」や「スウェット」その他もあり。
戦国武将シャツ

戦国浪漫「戦国グッズ」通販

メールでお知らせ

新規記事追加をメールで受信

ページ上部へ戻る