武将のたしなみとは~戦国時代編 



加賀100石の前田家に「亜相公御夜話」という文献がある。

戦国時代織田信長の家臣として活躍した前田利家は14歳で織田信長の小姓となり、15歳で大きな武功をたてたが、その頃にはすでに「信長御秘蔵にて」と言われている。

その後、織田信長より寵愛を受けた森蘭丸などは小姓として有名である。

武田信玄上杉謙信なども小姓には「美少年」を好んだ。

戦国時代、男色(契り)は変態行為ではなく、武将のたしなみの一つであったのである。

小姓は本来主君の身の回りの世話をする元服前の少年であり、すべてとは言わないが、主君の側近くに仕える小姓が、夜には伽(とぎ)も行う事がある。
その行為によって主君と絶大な信頼関係を築き、また主君と常に接することにより、主君の考えを理解し、将来武将として大成する者がいたのだ。

上杉謙信は生涯実子(子供)がいなかった=室を持たなかった原因の1つに同性愛者で会ったと言う説もある。
実際、小姓には特に美男子を好んだとされ、小田原の北条氏から養子にきた北条氏秀が美男子だったことから大変気に入り、上杉謙信の昔の名であった「景虎」の名を与え、北条氏秀に上杉景虎と名乗らせ、後継者にと考えた事もある。



また、武田信玄の小姓になり、のち武田重臣として活躍した香坂昌忠にはこのような話がある。

武田信玄が22歳の時、近習の弥七郎に手を付けたとして16歳の源五郎(のちの香坂昌忠)が腹を立てたのに対し、武田信玄は手紙を書いて謝った。内容は下記の通りである。

「私が過去に弥七郎に言い寄ったことはあるが、弥七郎は腹痛を理由に断ってきました。
これまでに弥七郎と関係を持ったことはありません。神にかけて誓います。
もし嘘であるなら、甲斐の一宮、二宮、三宮大明神、富士山、白山、ことに八幡大菩薩、諏訪上下大明神の罰を受けます。
本当であるなら正式な起請文の紙に書くべきですが、役人の管理が厳しいので、普通の紙に書きました。
後で必ず(正式文書で)書きます。」
と、なだめたり言い訳している武田信玄の誓詞が現存してる。

この時代の「同性愛」は、古代ギリシアと同じく「少年愛」だったといえる。

当時、戦場で勝つためには女性との関わり合いはタブーとされており、出陣の三日前から、女性と一切の性行為を禁じたり、さらに妊婦が出陣前の衣類や具足に触ることを禁じ、出産後約1ヶ月間は出陣する男に触れてはならないなどと「女は不浄」と言う現在では考えられないような考え方があった。

その為、戦場や遠征先に女性を伴うことはなく、主君の安全の為にも日頃から仕えている小姓が夜の世話もしたのである。

1562年に日本に来た、宣教師ルイス・フロイスは日本の坊主をこのように評している。

「坊主は男の子に弾奏や唱歌、遊戯、撃剣などを教え、また男の子らと忌わしい行為をする」と述べている。すなわち、小姓になる前の武士の子はその多くが寺で修行もしたりしている。男性社会の寺でも同じことがあったのである。

しかし、これらの事はすでに鎌倉時代の武士においてもあったと考えられ「古事記」「日本書紀」「万葉集」にもそれらを匂わす記述が見られるので、思いのほか深い歴史である。

一方、武田信玄は色仕掛けで敵将を調略する女忍者育成にも力を注いでいる。

詳しくは武田家臣より望月千代の欄をご覧頂きたい。

 

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