志賀城主・笠原清繁夫人の墓【大月市・宝林寺】悲劇の女性と小山田出羽守信有



山梨県大月市の岩殿城山から東を流れる葛野川に沿う山の麓に、静かにたたずむ曹洞宗の宝林寺があります。

宝林寺は、難攻不落で知られる岩殿城の鬼門を守っているとされ、この地には戦国時代の武田信玄の元で活躍した、谷村城主・小山田出羽守信の「側室」とされる女性の墓があります。

この女性は、信濃・志賀城主・笠原清繁(笠原新三郎清繁)の妻でした。
1547年に、笠原城が落城し城主・笠原清繁が自刃した際に、武田信玄は生け捕った女・子供や笠原氏の家臣らを甲府へ連れ帰り、武田家に親戚がいない者は黒川金山に送られたり、人身売買しました。
もっとも、上杉謙信も常陸・小田城攻めした際に、捕虜を売買していますので、特段珍しいことではなかったようです。



この時、まだ21歳であった笠原清繁の未亡人は、賢才にして美貌の誉れ高いと武田諸将の間で噂され、郡内・谷村城主である小山田出羽守信有が連れて帰りました。
出身や名前は不明ですが、2児の母であったともされています。

武田信玄から褒美として小山田出羽守信有に与えられたとも、惚れ込んで譲り受けたとも、20貫文で買い取ったとも言われています。
妙法寺記に「シカ殿御上ヲ小山田羽州給テ駒橋へ御同心申候」とあります。
笠原夫人は、小山田氏の本拠地からは離れた、大月の駒橋館に住まわされたとされ、妾ではなく側室になったとの説もあります。

なお、小山田出羽守信有は1552年に死去します。
僅か34歳であったと推定され、毒殺されたとも、笠原清繁の未亡人が恨んで殺害したとも言われています。
この辺りの話は、大河ドラマ「風林火山」でも登場し、ドラマでは真木よう子さんが演じた美瑠姫(笠原清繁の未亡人)が、田辺誠一さんが演じる小山田信有を殺害しました。

ドラマではおもしろくするため、殺害説を採用した訳ですが、笠原清繁の夫人が亡くなったのは小山田出羽守信有が若くして死去したよりもずっと後年である、1578年(享年52歳)とされ、当時の郡内領主・小山田信茂が丁重に葬ったとされます。
よって、笠原未亡人が小山田出羽守信有を殺害したと言う確証はないと言えるかと存じます。
しかし、笠原清繁の夫人が、ここ大月でずっと幸せに暮らしていたのかどうか?と考えますと、捕われの身となり、別の大将の側室(又は妾)にされると言う悲運(運命)を受け入れた女性だったのではないかと考えます。

さて、宝林寺への行き方・アクセスですが、周辺の道は狭く、また県道から丘の上へとあがる感じになりますので、下記の地図をよくご覧になってご訪問願いたく存じます。
地図は縮尺を変えて見て下さい。南西のバス停がある付近から入って行くと良いです。
ポイント地点の境内に車を止めるスペースがあります。

宝林寺の南西側に下記の由来を記載した石碑があります。
まだ、新しそうですね。

笠原未亡人の由来

笠原清繁夫人の墓がある場所ですが、由来の石碑はあっても、墓所を示す表示は全くありません。
なんとか見つけましたが、これがまたどこにあるのか、分かりにくいですので、別の地図にてポイントで示しておきます。

本堂の右側に「池」があるのですが、その池の脇から山に上がっている道路との中間付近にあるような感じです。
他に余計なものはありませんので、その辺りを良く見ればわかります。

笠原清繁夫人の墓

なお、山へと上がっていく道路の右脇にも大きい五輪塔がありますが、これはどう見ても建立されて400年たっているようには思えません。
400年も昔の墓石は、風化などでほんとうに痛みが激しく、失礼な言い方をすればみすぼらしいものが多いです。

笠原清繁夫人の墓

よって、壊れている石碑が笠原清繁夫人の墓だと言われているようです。


生き残った笠原一族は小田原城主・北条氏康を頼っており、その系統の武将が、三谷幸喜監督の映画「ステキな金縛り」や「清須会議」に登場する、西田敏行さんの「更科六兵衛」のモデルになったと小生は考えています。

志賀城とは~小田井原の戦いと笠原清繁の首塚
郡内小山田氏・小山田信有
岩殿城山~小山田信茂の難攻不落の山城
小山田記~ 現認・小山田氏400年の存亡【小山田氏関連の考察とまとめ】
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