藤原賢子(大弐三位)をわかりやすく1分で解説【光る君へ】恋多き女性で紫式部の娘

藤原賢子(大弐三位)

藤原賢子(紫式部の娘)とは

藤原賢子 (ふじわら の けんし) は平安時代女性・女流歌人で999年頃に生まれた。
父は藤原宣孝で母は紫式部となる。
賢子の読み方は[かたこ]とも言う。

2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」では、俳優(女優)の南沙良さんが藤原賢子の役を演じられる。


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なお、はじめに記載しておくが、普通、藤原賢子と言うと第72代・白河天皇の中宮となった藤原賢子(1057年~1084年)になるため、ここでは紫式部の娘である藤原賢子を紹介する事を確認したい。
この2人を区別するため、紫式部の娘・賢子は、大弐三位(だいにのさんみ) と記載することが多い。
ただし、最初は「藤三位」(とうさんみ)、また祖父・藤原為時の官名から「越後の弁」と称した。

前述のとおり、藤原宣孝と紫式部の間に生まれた藤原賢子(大弐三位)は、3歳の頃に父・藤原宣孝が死去。
源氏物語を書き始めた母・紫式部に育てられた。

1017年(18歳頃)から、藤原賢子(大弐三位)は母と同じく一条天皇の后・藤原彰子(上東門院)に女房として出仕した。
なお、藤原頼宗(藤原道長の次男)、藤原定頼(藤原公任の長男)、源朝任(源時中の7男)らと交際していたことが知られており、和泉式部の娘・小式部内侍と共に恋多き女性だったようだ。
浮いた話もなく何ごとにも慎重で感情を表に出さなかった母・紫式部とは対照的である。

のち、関白・藤原道兼の次男・藤原兼隆と結婚し、娘(源良宗の妻)を設けた。

万寿2年(1025年)、親仁親王(後冷泉天皇)が生まれると乳母に就任。
長暦元年(1037年)までに、東宮権大進・高階成章と再婚した。
そして、1038年、高階為家との間に娘をもうけている。
天喜2年(1054年)、後冷泉天皇が即位と共に藤原賢子(大弐三位)は従三位に昇叙。
夫・藤原成章も大宰大弐に就任した。
そのため、大弐三位という女房名は、自らの官位と夫の官名を組み合わせたものとなる。


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晩年は平和な結婚生活を送ったようで、80余歳の長寿だったようだ。
藤原賢子(大弐三位)の没年は不明。
家集に『大弐三位集』がある。

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