戦国伝~島津家~攻略方法 信長の野望「創造」~パワーアップキット版

島津家




信長の野望「創造」での島津家関連の「戦国伝」内容です。
パワーアップキット版の追加「戦国伝」も、巻末に追加致しました。

■三州統一戦  (シナリオ「信長包囲網」開始直後)

信長包囲網のシナリオで開始すると、すぐに戦国伝となります。
おっと、桜島がちゃんと噴煙を上げていますが、最初は「島津義弘が城外で伊東義祐と交戦する」です。
こちらから仕掛けなくても、伊東義祐が4000で攻めてきました。
島津義弘は、加久藤城にいるので、すかさず800で出陣させてみました。
島津義弘の部隊が伊東義祐と交戦するとイベントが始まり、一瞬で4000の伊東義祐は消え去りました。
次は「佐土原城を支配下に置く」です。
佐土原城は最初ちょっと「強攻」してから「包囲」して陥落させました。そのついでに、縣城も攻略して伊東家を滅ぼしておきました。
その後、一旦全軍を撤退させて、兵力の回復を待ってから、肝付家を攻撃開始。
「肝付城を支配下に置く」を達成すると、自動的に次の戦国伝に進みます。
なお、島津家の創造性は初期で800越えですので「創造」の分野を伸ばして行くと良いでしょう。



■高城川の戦い

さて、高城川の戦いの戦国伝ですが、その準備をする前に、肝付家を滅ぼしておいた方が得策なようです。
肝付家を滅ぼしたら山田有信を高城に「移動」させて「山田有信が高城を守る」を達成。
その後、島津家久も高城に「移動」させて「島津家久が城主として高城を守る」を達成。もし、島津家久が城主にならなかったら「任命」でも良いです。
すると、大友宗麟が高城に向けて出陣します。私の場合、9000で向かってきました。
まずは、大友宗麟の部隊に高城を包囲してもらいます。包囲してもらわないと、戦国伝は失敗します。
また、大友宗麟を撃破してしまうと失敗するので注意です。
 
大友宗麟が高城を包囲したら、準備させていた部隊を進軍させて「島津義久が高城に後詰する」「島津義弘が高城に後詰する」「島津歳久が高城に後詰する」を達成します。
予め部隊を用意して、佐土原城へ進軍させて待機させておくと良いでしょう。
島津義久、島津義弘、島津歳久は3人一緒の部隊でも、分かれていても良いですが、包囲した大友宗麟を攻撃してください。
すると、ムービーが開始されて、9000の大友宗麟の部隊が一瞬で壊滅します。
高城川の戦いを達成すると、すぐに次の戦国伝「沖田畷の戦い」です。

■沖田畷の戦い  (シナリオ「夢幻の如く」「天王山」「清須会議」開始直後)

兵力の回復を待って、まず人吉城を攻めて「人吉城を支配下に置く」を達成しました。(開始シナリオによっては既に人吉城は支配下である場合があります。)
次は「島津家久が沖田畷に布陣する」ですが、島津家久の部隊を出陣させて、沖田畷に布陣させます。
沖田畷の場所は、隈本城から左に行って海を渡った所です。
布陣すると、龍造寺隆信が9000で出陣してきます。
そして「島津家久が沖田畷で龍造寺軍を迎撃する」が達成され、ムービーが始まり、龍造寺隆信が9000と共に討死。
「沖田畷の戦い」が完結となります。
この勢いで、龍造寺の城を取れるだけ取っておくとします。

■九州統一

発生条件は、立花宗茂高橋紹運が大友家臣で、岩屋城とその他の1つの大友家の城を残しておくです。すると「九州統一」の戦国伝が発生します。
立花道雪が死亡すると発生する?(没年1585年)と言う話もありますが、申し訳ありません。未確認です。
私の場合は、1585年11月に発生しました。
一番直近のシナリオ「夢幻の如く」から開始して、まず戦国伝「沖田畷の戦い」をクリアしてからの方が、スムーズに入れるようです。
軍団の「攻略」で任意目標にしていると、軍団が勝手に岩屋城を攻めたりしてしまうので、注意しましょう。
岩屋城に攻撃部隊が着いたら「強攻」ボタンを押します。すると、イベントが開始されますが、これだけでは城が落ちないので引き続き「強攻」を続けます。(包囲で落とすと戦国伝失敗しますのでご注意を。)
「岩屋城を強攻で落城させる」と「九州を統一する」が達成できます。

戸次川の戦い PK版

・島津家久が豊後松尾に布陣する
島津豊久が豊後松尾に布陣する
・島津家久隊が仙石権兵衛と交戦する

島津の退き口 PK版

伏見城を包囲する
・島津義弘と島津豊久が小谷に布陣する
・島津軍が関ヶ原の戦いに参加しない
・島津軍が関ヶ原を駆け抜ける
・島津軍が大垣を駆け抜ける
・島津義弘が伊勢関に到達する
・島津義弘が堺に到達する
 
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島津家久とは~釣り野伏せにて数多くの敵将を討ち取った勇将

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佐土原城~伊東家の本拠としても栄華を誇り天守もあった山城

高田哲哉日本の歴史研究家

投稿者プロフィール

(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査・研究している歴史人物研究家です。
自慢できるものはありませんが、資格は史跡訪問のための国内旅行地理検定2級、水軍研究のための小型船舶操縦士1級など。

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