武田八幡神社と白山城~武田発祥の地

山梨県にある武田発祥の地です。
トップ画像は、武田家が当初、詰めの城にしたと考えられる「白山城」の遠景です。
南アルプスの山が更に背後にそびえます。

そんな山麓にあるのが「武田八幡神社」です。

武田八幡神社の山門

822年に嵯峨天皇の勅命で宇佐八幡(または石清水八幡宮)を勧請して武田八幡宮と称したのが草創とされます。

この地域を支配した武田信義の庇護を受け、以後は甲斐武田家から崇敬されました。

武田八幡神社の拝殿

そして、武田信玄の時に、社殿が再建され、1543年12月の棟札には「武田八幡宮御宝殿造営功畢」「大檀主・武田大夫源朝臣晴信」と見えます。
これは武田信玄の最初の事業とも言えるのでしょう。

武田八幡神社の本殿

三間社流造桧皮葺の本殿は武田信玄が再建したもので国の重要文化財です。

武田八幡神社の北条夫人の碑

1582年2月、迫りくる織田信長織田信忠の軍勢に対する、武田勝頼北条夫人による戦勝祈請の願文が現存しています。

武田滅亡後、甲斐の領主になった徳川家康は、1583年4月18日に武田八幡宮の社領を安堵しています。
その後、平岩親吉が多少の造営もしたようです。

1604年3月23日には境内の樹木伐採、諸役の賦課などが禁止され、1622年に甲府徳川家の家老が巡見した際には、修復料が支払われています。

武田八幡神社

その後、甲府城に入った柳沢吉保も手厚く修復を行うなどの記録も見受けられます。

武田の里付近の史跡案内地図

武田八幡神社の周辺には見どころもたくさんありますので、時間があれば是非どうぞ。

白山城

さて、白山城の話に戻りますが、白山城は武田信義が要害として築城し、戦国時代には武川衆が守備したとされます。
比高120mほどの山城です。

武田八幡神社から白山城への登城口

上記写真は武田八幡神社から白山城への登城口ですが、大手は南東麓にある白山神社からの道とされており、白山神社まで車で入れます。
白山城に入るには「鹿除けの柵」がありますが、扉はきちんと閉めれば、通行は自由です。


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白山城は遺構も結構残っているようですが「クマ注意」です。
それなりの登山装備での登城でお願い申し上げます。

武田八幡神社・白山城へのアクセス・行き方ですが、下記の地図ポイント地点に無料駐車場があります。
山門付近にトイレがあります。

また、近くには、2015年にノーベル医学生理学賞を受賞した大村智先生が私財を投じて開湯した日帰り温泉「白山温泉」もある。

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