以心崇伝とは~方広寺鐘銘事件に関与した徳川家の参謀僧


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 以心崇伝(いしんすうでん)は室町幕府の足利義輝に仕えた幕臣・一色秀勝の次男として、1569年に京都にて生まれた。

 1573年、織田信長足利義昭を追放して室町幕府が滅亡すると、4歳のとき臨済宗の南禅寺にて出家し266世・玄圃霊三の弟子となった。
 そして、鷹峯金地院の靖叔徳林や、醍醐寺三宝院にて学んだ。
 通称は金地院崇伝。諡号(しごう)は円照本光国師。

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 1593年、24歳のときには京都に身を置いたまま10月に摂津・福厳寺の住職、次いで11月には相模・禅興寺の住職。
 1605年2月、37歳で鎌倉五山第一位の建長寺の住職となり、3月には臨済宗五山派の最高位・南禅寺270世住職となり、後陽成天皇から紫衣を賜っているので、ずば抜けて優秀だったと考えられる。

 1608年、豊臣秀吉から徳川家康へと顧問的役割を務めいた臨済宗・相国寺の西笑承兌が死去した際に推薦を受けると、徳川家康に招かれて駿府城に赴き、徳川幕府の政治顧問として参画するようになった。

 閑室元佶と共に主に幕府の外交を担当し、以心崇伝は居寺として駿府城内に建立した金地院を与えられている。
 以後、大御所の側にあって、幕府の政治への助言を行うなど手腕を発揮した。

 やがて京都所司代・板倉勝重と共に寺社行政も担当し、キリスト教の禁止、寺院諸法度。武家諸法度、禁中並公家諸法度の制定に関しては、その起草に携わった。

 1614年、大坂の陣の発端にもなった方広寺の鐘銘事件においては「国家安康」「君臣豊楽」には呪いが隠されていると、難癖を付けたのも以心崇伝ともされているが、否定する説もある。
 国師日記においては片桐且元に宛てた書状にて、徳川家康から初めて聞かされたとあり、その後の取り調べは以心崇伝が行い、釈明に訪れた片桐且元に対しては本多正純と共に鐘銘問題ではなく浪人召集の真意を詰問している。

 1616年、徳川家康が死去すると久能山に埋葬されたが、この時、神号を巡っては「南光坊天海」と争い、結果的に土井利勝と天海が葬儀の主導権を握った。

 1618年、将軍・徳川秀忠より江戸城・北の丸に約2000坪の土地を拝領して金地院を建立。

 1619年には僧侶に関しての人事を統括する僧録(そうろく)に任命された。
 以後、南禅寺金地院の住持が僧録を兼務するようになり、金地僧録(こんちそうろく)と呼ばれている。
 また、京都・南禅寺の金地院と江戸城の金地院を往復しながら政務を執り、南禅寺や建長寺の再建復興にも尽力している。

 1627年、将軍よりも権威のある天皇を、徳川幕府の統制下に置くため「禁中並公家諸法度」を起草。
 しかし、後水尾天皇がこれを無視した紫衣事件が起こり、反対した沢庵宗彭は出羽上山に配流、玉室宗珀は陸奥棚倉へ配流、江月宗玩はお咎めなしと天海や柳生宗矩藤堂高虎が取りなしている。

 ただし、この事件によって、天皇は幕府の法の下にあると世に知らしめて、天皇家と幕府の力関係を逆転させ、将軍家の権威を決定づける事となった。

 1633年1月20日、江戸城の金地院にて死去。享年65。

 以後、外交関係は老中や長崎奉行が管掌している。

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