片倉家御廟所の訪問記【白石】~片倉小十郎の墓


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白石城に西となる愛宕山の中腹に片倉家御廟所があります。
駐車場から登れる階段を上っていくと、一般の墓地に出ます。

その一般墓地を通り抜ける道をずっと進み、山の方へ折れて行った先に、静かな廟所があります。

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この廟所を作ったのは、3代・片倉景長と言う事です。

病身を押して巡視した際に、白石城が見える愛宕山を片倉家代々の墓所と決め、1680年10月14日、初代・片倉景綱の命日の日に傑山寺から、片倉景綱(片倉小十郎)と片倉重長の墓を改葬しました、
片倉景長も翌年病死し、ここに葬られています。

杉の老樹がうっそうと茂る中に、10体の阿弥陀像と1基の墓碑が整然と並んでいます。
下記は片倉小十郎の墓?だと思います。

片倉家御廟所には、片倉家の歴代城主の墓と、7代・片倉村兼夫人の廟所があります。
ただし、みんな似た形をしているので、正直なところ、どれがどなた様だかは良く分かりませんでしたが、丁重にお参りさせて頂きました。

白石城主の夫人は、ここではなく傑山寺や当信寺などに葬られていますが、7代・片倉村廉の正室は、仙台藩主・伊達吉村の息女・お郷(昌子夫人)と言う事で、城主同様の墓標としてここに葬られました。

また、廟所の傍らには、初代・片倉景綱(片倉小十郎)に殉死した、家臣6名の墓碑もあります。

下記は片倉家惣家中の碑です。

片倉家御廟所がある場所は、白石城からだと徒歩約15分です。
無料駐車場と、駐車場に男女共用トイレがあります。
下記の地図ポイント地点がその駐車場で、駐車場脇の階段から徒歩で約2分といったところです。

なお、この付近には、他にも田村家の墓所と、片倉喜多の墓などもあります。
田村家の墓には、真田幸村の娘の墓と、真田幸村供養塔もあります。

と言う事で、田村家の墓や片倉喜多の墓は、下記より別ページをご覧願います。

片倉喜多の墓~伊達家を支えた片倉喜多
白石にある真田幸村の墓と阿菖蒲の墓【田>村家墓所】
片倉景綱と片倉重長~智勇と温情を兼ね備えた片倉小十郎
当信寺~阿梅の方の墓と真田大八の墓【白石市】

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