源仲章を簡潔にちょこっと解説【鎌倉殿の13人】鶴岡八幡宮で殺害される

源仲章

源仲章とは

源仲章(みなもと の なかあきら)は鎌倉時代前期の貴族・御家人で生年と母は不詳。
父は後白河天皇仕えていた源光遠であり、兄弟の源仲国・源仲兼らと共に源仲章も後鳥羽上皇に仕えたようだ。
2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、俳優・歌手の生田斗真さんが源仲章を演じられる。

なお、源頼朝が鎌倉殿になると、早いうちから在京のまま鎌倉御家人となったようで、主に盗賊の取締りと言った治安面や幕府と朝廷のつなぎ役をになった。
1200年頃には御家人として京での活躍がみられる。


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1203年、源頼家阿野全成を常陸国に配流とし、八田知家に命じて誅殺する。
このとき、京都・東山の延年寺にて源仲章、佐々木定綱らが、3男・阿野頼全を処刑している。
阿野全成の正室・阿波局は、北条政子の妹と言う事もあり、北条政子が引き渡しを拒否して守った。

その後、源仲章は学者の知識を乞われ鎌倉に下った。
源実朝に招かれたとみてよいだろう。
1206年頃から鎌倉幕府3代将軍・源実朝の侍読(教育係)になっている。
一方で、しばしば上洛したり飛脚を送って後鳥羽上皇に鎌倉幕府内部事情を伝えるなどしたとも言う。

1216年、政所別当に就任。
これは源実朝がそれまで4〜5人だった別当を9名に増員したためで、源仲章以外に大江広元、源頼茂(摂津源氏の嫡流)、大内惟信(平賀義信の子)が採用されている。
署判(しょはん)においての序列は、大江広元、源仲章、そして北条義時とNo2であることも認められるようだ。

1218年、鎌倉幕府の推薦にて従四位下・文章博士となり、朝廷においては順徳天皇の侍読を兼務し、昇殿を許されている。

1219年、鶴岡八幡宮にて、源実朝が右大臣任官の祝賀拝賀式を行った際に、公暁が源実朝を殺害する事件が起きた。
このとき、源仲章も一緒に殺害された。


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慈円愚管抄によると、前駆(太刀持ち役)をつとめていたため源仲章は北条義時と間違えられたと記されている。
将軍・源実朝は、源仲章を通じて鎌倉を後鳥羽院政と一体化しようと考えていた可能性もあるため、北条義時には2人を暗殺しなければならない理由があったのかも知れない。

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コメント

  • コメント ( 2 )

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  1. ご指摘助かります。把握できた箇所を修正対応させて頂きました。

  2. 平家蟹

    途中で実朝と仲章が入れ替わってますよ