丹羽長重~丹羽長正~丹羽秀重の生涯


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丹羽長重(1571年~1637年)

丹羽長秀の子・丹羽長重の母は、織田信長は兄・織田信広の娘であった深光院。
そして、丹羽長重(にわ-ながしげ)は織田信長の実子である報恩院を正室に迎えており、珍しい事に丹羽家は親子二代に渡って、織田信長の血筋と婚姻関係を結んだ。

1585年、賤ヶ谷の戦に父・丹羽長秀とともに参戦。
1584年、小牧の戦いに父・丹羽長秀の名代として参戦。
1585年、父・丹羽長秀が没すると遺領の約123万石を継いだ。
しかし、同じ年の1585年、佐々成政征伐従後に羽柴秀吉から家臣の不法行為(内通の疑い)を咎められ、若狭15万石に大減封される。
さらに重臣の長束正家溝口秀勝村上頼勝らも召し上げられた。
さらに、1587年、九州平定戦中の家臣の軍律違反の責を問われ、加賀松任40000石に転封させられた。

小田原攻め、朝鮮出兵の功により、加賀小松12万石まで加増され、加賀・小松城に入った。

加賀・小松城

従三位、参議・加賀守に叙位・任官されたため、小松宰相と称されたが、1598年、豊臣秀吉の没後は徳川家康の命によりえ、石田三成に与する前田利長の監視役を務めていた。

1600年、関ヶ原の戦いでは西軍の石田三成に与して、東軍の前田利長と戦った(浅井畷の戦い)ため、徳川家康から改易されたが、1603年に常陸国・古渡10000石を与えられて大名に復帰。
1614年、大坂の陣では武功を挙げたため、1619年に常陸・江戸崎20000石に加増移封。1622年には陸奥・棚倉50000石に加増移封された。
そして、1627年らは 100700石で陸奥・白河に加増移封されて、初代白河藩主となり白河城を築城した。(この系統は2代藩主・丹羽光重のとき、陸奥二本松100000石余となる。)
 
晩年は第2代将軍・徳川秀忠や第3代将軍・徳川家光の御伽衆筆頭として、似たような境遇の立花宗茂と並んで重用された。
築城の名手と知られたようで、奥州の要衝に配されたのは城下町整備だけでなく、伊達政宗への備えという使命を帯びてのことであったとされる。
ただし、伊達政宗と丹羽長重は御伽衆の同僚であり懇意だったようだ。
棚倉・白河ともに、封ぜられた最後の外様大名が丹羽長重であったことを考えると、徳川幕府の丹羽長重への信頼がいかに厚かったかが伺える。
築城の名人としての評判は上がったが、度重なる築城にて丹羽家の財政は逼迫していたようだ。

1637年閏3月6日に死去。享年67(満65歳没)。後を子の丹羽光重が継いだ。

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丹羽長正 (1576年~1620年
 
丹羽長重の弟・丹羽長正の母は、丹羽長秀の側室になっていた朝倉氏遺臣・杉若無心 (わかすぎむしん)の娘。
 
1585年に父・丹羽長秀が没すると、羽柴秀吉に仕えて500石。
1587年には、越前・藤枝城主(50000石)となり、のちに、越前東郷・牧山城に移っり、羽柴秀吉から羽柴姓を与えられた。
関が原の戦いでは西軍の石田三成に属して北国口で戦って戦後改易され知行を失った。
その後、豊臣秀頼に仕えていたが、徳川家康の大坂の陣を前に離脱。
1620年に越前福井で死去したともあるが、没年は1630年とする説もある。

丹羽秀重 (?~1615年)

惟住・九兵衛尉。元斯波家家臣、丹羽長政の息。
すなわち、丹羽長秀の弟とされ、丹羽長重の家臣として大阪の陣に出陣し、1615年大阪平野口にて戦死した。(70歳)

丹羽長秀に関してはこちら
加賀・小松城~一国一城令で廃城となっても明治維新まで続いた名城
浅井畷の戦い~北陸での関ケ原は西軍が勝利したか?
溝口秀勝 新発田の発展に大きく貢献した新発田藩主
村上義明(村上頼勝) 村上義清の子孫か?

 

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