山村修理と竹田高正の堀川城の話と~堀江城での中安兵部も

堀川城址跡

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大河ドラマ「おんな城主・直虎」にも出てくる、堀川城の戦いに関わるある山村修理竹田高正、そして堀江城の戦いで奮戦した中安兵部と3名の武将を調べてみました。
まずは、山村修理からです。

山村修理

山村修理(やまむら-しゅり)は、尾藤主膳や竹田高正などと堀川城に籠城して戦った武将ですが、出自など詳しいことはわかっていません。

今川家の家臣に加わっていたものと推測でき、1567年から尾藤主膳と共に堀川城を新築しました。

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1569年に農民らの協力を得て、尾藤主膳・斎藤為吉らと一揆をおこしますが、徳川勢3000の攻撃を受けます。

この時、堀川城は1日で落城し、重傷を負った山村修理は、城から舟にて浜名湖へ出て、小引佐に逃れますが、燃え盛る堀江城を見て、辞世の句を残し自害したと伝わります

安穏に、くらせる人は、幸せよ

山村修理の妻は、幼い子を連れて逃げましたが、その途中、徳川勢に発見されて片腕を切り落とされたと言われています。

竹田高正

竹田高正(竹田右京)も堀川城の戦いに登場する武将です。
もともとは、朝廷で官職を務めていたとされ、父から兵法を学び、冷泉氏からは和歌、飛鳥井氏からは蹴鞠を学び、文武両道であったとされます。
ただし、村上義清の姉の子という説もあります。

しかし、朝廷内で内紛が起こったため、官職を辞して諸国を巡りまわりました。
信濃では木曽義昌を訪ねると、木曽義昌の妹を妻に迎え、1533年4月に、嫡男・竜千代が誕生しています。

その後、今川氏親の招き(今川氏真とも)を受けて、蹴鞠を披露などします。
そして、今川家への仕官の話を受けますが、断って帰農したいと申し出ると、細江に荒地六百余町の土地を与えられたと言います。

妻である木曽義昌の妹が無くなると、新たに気賀の領主となった新田友作の媒酌にて、山村修理の知人を後妻に迎えました。
また、故郷・足利の善徳寺を請じて、全得寺を建立したともされます。

堀川城の戦いでは「徳川に付くべきである」として、城主・新田友作が徳川に寝返ったため、竹田高正が堀川城主になったともあります。

燃え落ちる城内で、嫡男・竹田高直(竹田雅楽介高直)、次男・竹田高適(竹田酒造介高道)と共に、竹田高正も討死しました。(自刃とも)

まだ幼かった3男・竹田高治は、数人の家来に守られて生き延びており、江戸時代に入ると細江の里に帰ったと伝わります。

城将・竹田高正と新田喜斎の墓は、堀江城北方の全得寺にあります。

ややっこしいのですが、浜名湖畔には「堀川城」と「堀江城」と似たような城があり、その両方とも、おんな城主・直虎でも登場しますので、混同しないよう注意が必要です。

中安兵部

中安兵部(なかやす-ひょうぶ)は、佐田城主・堀江清泰(堀江新右門清泰)の子ですが、生年は不詳です。

別名を中安定安(なかやす-さだやす)とも言い、子に中安康勝(中安彦次郎康勝)らがいます。

中安家は、佐田城主・堀江為清の次男・堀江豊種が中安兵部豊種を名乗ったのがはじまりで、堀江家の一門と言う事になります。
戦国時代になると、1522年に佐田城が落城し、浜名湖東岸の堀江城主・大沢基胤に従っていました。

堀江城の戦いで徳川家康と大沢基胤が合戦になります。
1569年3月25日、徳川勢の近藤康用近藤秀用鈴木重時菅沼忠久(菅沼治郎右エ門忠久)、菅沼定盈らが堀江城を攻めました。

この時、大澤家の家臣としては、中安兵部の他、権太織部泰長、志津城主・山崎権太夫、真瀬将監、山下七郎右エ門らの名が見受けられます。

堀江城跡

徳川家康に臣従すると、大沢基胤とともに中安兵部も本領安堵となりました。

以後、中安兵部は徳川家の家臣として、1570年、姉川の戦いに参じましたが、姉川河原にて討死したとされています。

遺骸は堀江村の平に埋葬されたとされ「茂山塚」 が残っています。
菩提寺は竜泉寺です。

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