土田御前(どたごぜん)とは~信長の母

土田御前




土田御前(どたごぜん)を一番分かりやすくご説明すると、織田信長の母親と言えよう。
 
土田御前は織田信長の父・織田信秀の継室であるが、実名は不明。一説には土田政久(土田治郎左衛門秀久)の娘とも。

織田信長を生んだ他、織田信行、織田秀孝、織田信包お市の方、お犬の方(佐治信方正室)を生んでいる。

うつけと呼ばれた織田信長を嫌い、夫・織田信秀の死後は、可愛がっていた次男・織田信行と共に尾張・末森城に居住した。


織田家の家督争いで、織田信行が敗れると、織田信長に命乞いをして一度は許されたが、結果的に織田信行は誅殺されている。

明智光秀本能寺の変で、織田信長と織田信忠が亡くなった当時は安土城におり、濃姫らと日野城を経た後、孫の織田信雄の庇護を受け「大方殿様」と尊称され、640貫文を化粧料として与えられている。

織田信雄の改易後は、織田信包を頼り、1594年1月7日に死去。墓所は三重県津市の塔世山四天王寺

下記は尾張・勝幡城近くの、名鉄・勝幡駅の北口にある、土田御前と子供の織田信長(吉法師)の銅像です。

尾張・末森城 織田家と稲生の戦い
勝幡城 織田家が躍進を遂げる本拠となっていた平城
織田信秀 名将が乗り越えられなかったもの
織田信行(織田信勝) 信長の弟の数奇な運命
織田信長と言う人物に迫る
尾張・末森城 織田家と稲生の戦い




 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でフォローしよう!

高田哲哉日本の歴史研究家

投稿者プロフィール

(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して史跡や城跡も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

この著者の最新の記事


関連記事



コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. 2020年 5月 17日







Twitter でフォロー

メールでお知らせ

新規記事追加をメールで受信

ページ上部へ戻る