仁右衛門島~房総の歴史ある名勝の小島「源頼朝のかくれ岩」

仁右衛門島の歴史

房総半島の千葉県鴨川市太海の沖合約200mと言う太平洋に面した周囲約4kmの小島が「仁右衛門島」(にえもんじま)である。

仁右衛門島

千葉県に島があるの?と疑問に感じる方もおられるかと思うが、この島は、なんと千葉県「最大」の島で、なおかつ歴史がある島なのだ。
古くは、蓬島(よもぎしま)、波太島(なぶと)と呼ばれていたようだが、今では、地図を見ても、仁右衛門島としか表示されていない。
人の名が島の名前になっている由来も含めて、ご紹介したい。

仁右衛門島

仁右衛門島は鎌倉幕府を創設した源頼朝に関係する。
1180年、挙兵した源頼朝箱根石橋山の戦いに敗れて、船にて房総半島に逃れた。
その時、仁右衛門に助けられ「源頼朝かくれ穴」に身を隠したと言われる。

源頼朝かくれ穴

源頼朝かくれ穴は、仁右衛門島の東端のほうにある。

源頼朝かくれ穴

10名くらいは、横になって、寝泊りできるような、大きな洞穴となっていた。
もっと、わかりやすく、動画も撮影したみたので、この記事の下部のほうに、入れておきたい。

源頼朝かくれ穴

その後、源頼朝が鎌倉幕府を開くと、この危機を救ってくれたお礼にと、近辺の漁業権と平野の姓を与えたと伝わる。


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ただし、吾妻鏡などを見ても、源頼朝が仁右衛門島まで、やってきたことが、伺えない。
史実としては、すぐ近くの鴨川にある一戦場にて、安房で源頼朝に従っていた三浦義澄と、平家側の長狭常伴とが合戦となっている。
このとき、源頼朝が逃げ込んだともされる。

仁右衛門島

しかし、安房にいた源頼朝が、東に向かったとしても、吾妻鏡などの文献では、安西景益の館と考えられる南房総市の安房・平松城くらいまでとなる。
でも、源頼朝に従っていた三浦義澄など、源氏勢が来たり、和田義盛上総広常への使者ともなっているので、家来などが来ていたのは事実と言えよう。
いちゃもんをつける訳ではないので、弁明してみると、仁右衛門が、源頼朝を助けて、平野姓と、この島周辺の漁業権を得たのは、間違いなさそう。

仁右衛門島

ただし、どうやら、仁右衛門は、洲崎に源頼朝が上陸した際に、舟を出して、出迎え、また、鋸南の竜島へ移動する際に、助けたような印象がある。
となると、そもそもは、房総半島の南端付近で漁業をしていたとも考えられる。
いずれにせよ、姓名を賜るくらいなため、平安時代末期から、網元だったなど、漁民の中でも盟主クラスだったと考えられる。

仁右衛門島

また、一説では、平野氏は河内から江戸時代にやってきたともされるが、執筆時点での当主・平野仁右衛門さんは、38代となる。
約40代も続く家系であることからも、平安時代から続いている家柄であっても、おかしくはない。
もし、江戸時代に来たと言う事になると、平野氏が断絶するなどして、一族から養子を受けた可能性もあることでしょう。
そのことが、河内から来たと言う話なのかも知れない。


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このように千葉県には様々な源頼朝の伝説があるが、約25万人が亡くなったとされる1703年11月23日の元禄地震が発生すると、震源がほど近い房総沖だったため、大津波が島に押し寄せ建物は壊滅。
その時、数々の古文書や家系図などの大半も失われたと言う。

仁右衛門島

最近の研究では、1200年代に日蓮上人が仁右衛門島を訪れた為、当時、平野氏は日蓮宗に改宗したと言われている。
平家の時代に宮島から勧請したという蓬島弁財天祠、日蓮上人が訪れた際に朝日を拝したとされる神楽岩や文人墨客の歌碑などが島に建てられている。

神楽岩

島に唯一住むのは平野氏で現在は推定38代目。代々、平野仁右衛門を称している(名前が代々同じ)ことから「仁右衛門島」と呼ばれ、1704年に再建した家屋には現在もお住まいであり、島にはこの一戸しかない。
すなわち、島全体はこの平野氏の私有地(個人所有)と言う事になるが、観光客に公開しており、仁右衛門島には太海より手漕ぎの渡し船で上陸できる。

下記は、仁右衛門島に渡る船が出航する場所になる、太海漁港の乗船場。

仁右衛門島

舟が出ていて、誰もいなくても、対岸の仁右衛門島から、見てくれているので、5分ほど待つと、舟がやってくる。

仁右衛門島

渡し舟は島の入島料も含めて有料だが、昼間随時運行され、のどかな5分の船旅だ。
海の遊覧船などで「手漕ぎ」なのは、とても珍しい。
仁右衛門島に上陸してから、窓口で料金を支払うシステムになっていた。

仁右衛門島

夏は海風が吹き涼しく、冬は温暖な房総の南と言う事で暖かい。
また、浅瀬で磯遊びもできるし、夏には、海水浴をしてもOK。(漁港の水路は遊泳禁止)


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現在は観光地となっているが、付近に大型バスは入れないので、そんなに混雑するような事はなく、のんびりと見学することができる。

下記は、仁右衛門島にある「源頼朝隠れ岩」の付近を撮影した動画。

交通アクセス

JR内房線の太海駅から、徒歩13分ほどと駅からも近い。
仁右衛門島への行き方は下記の地図ポイント地点を参照にして頂きたい。
駐車場は、太海フラワー磯釣りセンターの駐車場に止めて徒歩5分といったところ。
 

夏は涼しく冬は暖かいので、四季を通じて花の絶えることのない植物の宝庫でもあり、島内は約30分くらいの散策路があり、長い距離を歩くことなく様々な史跡巡りや岩場の自然や植物などを楽しめる。
ゴミは持ち帰りで、是非1度訪れて欲しい。
見学所要時間は30分~60分程度。

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