日置大膳とは
日置大膳(へき-だいぜん)は、戦国時代の伊勢の武将で、北畠具教の家臣(松ヶ島細首城主)ですが、生没年などは不詳です。
寺社奉行を務めていたようで、兄・高松左兵衛督は大河内城の旗頭でした。
<注釈> 日置氏は、古代の渡来系氏族の家柄。
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戦国時代の1569年(永禄12年)に織田信長が伊勢を攻めた際、日置大膳亮(ひおきだいぜんのじょ)は居城である細頸城(松ヶ島細首城)を焼き払って、伊勢・大河内城で籠城した北畠具教に合流し、家城之清(家城主水)、長野左京亮らと織田勢に対しました。
籠城戦では池田信輝ら、織田勢と戦いましたが、日置大膳亮は、池田恒興、丹羽長秀、稲葉良通らの夜襲を撃退するなど、劣勢な北畠家の中でも奮戦したようです。
北畠具教が織田勢に屈したあとは、織田信雄の家臣となって活躍しました。
1572年、北畠家が誅殺された際、田丸城にて日置大膳亮は土方雄久・森雄秀・津田一安・足助十兵衛尉・立木久内らと、北畠一族の長野具藤・北畠親成・坂内具義・坂内千松丸・波瀬具祐・岩内光安などの惨殺に関与しました。
その後、北畠一族をかばおうとしたことが露見した津田一安の斬首では、織田信長の命を受けた日置大膳亮が首をはねたとあります。
生き残りの北畠具親が、家城之清などの旧臣らと再起を図った際にも、日置大膳亮と日置次太夫の兄弟らは、鳥屋尾右近将監の富永城を攻略するなどし反乱軍を2回も破りました。
1579年、第一次天正伊賀の乱では織田信雄の軍勢に、柘植保重らとともに日置大膳亮も加わり、伊賀に侵攻しますが、松ヶ島城が陥落します。
その後は、尾張に落ちると、弓の達人でもあった日置大膳亮は徳川家康より頼まれて、徳川家に仕えたようですが、まもなく亡くなったようです。
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2017年の公開映画「忍びの国」では、日置大膳を俳優・伊勢谷友介さんが演じられます。
・北畠具教と雪姫~信長に乗っ取られた伊勢国司の末路
・下山甲斐とは~伊賀66人衆の筆頭格で伊賀忍者を裏切る頭領
・長野左京亮と柘植三郎左衛門(柘植保重)の伊賀・伊勢での行い
・映画「忍びの国」出演者・キャスト一覧情報
・織田信長と言う人物に迫る
・天正伊賀の乱の解説~忍びの国の悲劇(伊賀衆)
・織田信雄~織田信長の次男のその生涯
・滝川一益をわかりやすく解説~織田四天王の名将も本能寺の変のあとは
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